「しりとりで人生が変わればいいのに、、、」なぁんつって。
そんな奇跡を待ちながら、ヒマのお供のもじ遊び。
しりとりしてたら、なんだか世界が広がったなぁ、
心からそう思えるような体験を提供いたします。
うっそーん。

第四回(2013-03-21)
ランダムネス

ランダムネスについて考えると、
なんだか頭の中がショートしてしまいそうだ。
僕がこのテーマに興味を持ったのは、
『たまたま』という本がキッカケだった。
いや、その『たまたま』を解説していた松岡正剛がキッカケだった。
この“知の巨人”の解説には膨大な情報が詰め込まれ、
もの凄いと感心したが、
その内容を僕がわかったのかわかっていないのかわからず、
そのせいでまたしても松岡正剛の魅力にハマってしまった。
(彼のサイトを読む度に、頭の中がグチャグチャになりそうである)

 

そんなわけで、
ぼくは『たまたま』という本を、“意図して”手に取った。
うきうきしながら読み進めると、“やっぱり”グチャグチャになった。
この本の内容は、考えれば考える程不思議で面白いのだけれど、
考えれば考える程脳が息苦しくなるのだ。
この本は「偶然」や「不確実」を捉えている。
なぜヒトは偶然(たまたま)を必然(やっぱり)と
勘違いしてしまうのか。
これを科学的に考えてみようか、という試みを
この本の著者のムロディナウは行った。

 

この本のプロローグは、こんなショート・ストーリーからはじまる。
数年前、スペインの国営宝くじを当てた男の話だ。
男は、下二桁が「48」の宝くじ券を購入し、偉業をたぐり寄せた。
そしてそのことを自慢したくてしたくてたまらなくなり、
皆に自身が富を築いた理論を惜しげもなく披露したのだ。
「七日連続で7の数の夢を見たんだ。
だからシチ・シチ・シジュウハチというわけさ」
・・・絶句である。こんな男が大金持ちになってしまうなんて、
なんだか悔しくて堪らない。こんなことなら
かけ算九九なんて真面目に勉強しなけりゃ良かった、
なんて思いかねない。
しかしながら僕たちは、この男と同じように、
たまたまに意味を見出し、
偶然を必然と見なしてしまう間違いを犯している。

 
 

僕は以前こんな問題を出されて、解答に四苦八苦してしまった。
ここに、6つの数字がある。

 

1、3、6、9、10、11、16

 

7つだった・・・。この7つの数字の間には、
どのようなルールがあるかを考えてみて欲しい。

 

見つけ出せただろうか?
3の倍数になっている? 奇数? いやいや。
この数列には、右に行くとだんだん大きくなる、
というルールが存在している。それだけである。しょーもない。
出題者に「クソ野郎!」と罵ってしまうほどだった。
答えは驚く程単純なのだ。であるにもかかわらず、
僕たちはそこにさらに深い意味を見つけ出そうとしてしまう。

 
 

あれは小学3年生時分のことである。
ある日僕は、いつものように真面目に授業を受けていた。
すると、その日に限って、なぜか特定の女の子と目が合うのだ。
そして次の日も、その次の日も、その子とよく目が合うのだ。
そして僕は確信した。この子は俺のことが好きなのだ!
この子はどちらかというとおとなしい性格で、
目立つ存在ではなかった。
しかしあの出来事以来、僕は妙にその子のことが気になり出した。
これはいわゆる“両想い”というものである。
それからというもの。僕らは授業中、先生や友達の目を盗んでは、
お互いの目を合わせ愛を確かめ合っていた。
4年生になって、クラスは別々になった。
でも僕たちの愛は変わらない。
廊下ですれ違えば、一瞬ではあるが視線を重ねた。
5年生になっても6年生になっても、僕らは愛を確かめ合った。
そして中学生になったとき、二人の愛に終わりが訪れた。
その子に彼氏が出来たのだ。僕は最初信じなかった。
俺のことが好きだったんじゃないのか?嘘だろ?
誰か、嘘だと言ってくれ!
そんな悶々とした感情を抱きながら、僕は日々を過ごしていた。
するとある日、あれは確か音楽の時間であっただろうか、
ある女の子と目が合った。
僕は確信した。
彼女は俺のことが好きなんだ!
数日後、彼女は僕の友人とお付き合いをはじめた。
殴ってやろうかと思った。
それからというもの、教室で何度も目が合い、
俺のことが好きなんじゃないかと思って気になり出した女の子が、
毎年何人も出現した。おそらく高校3年生くらいまで。
そして大学入学を控えたある日、僕は思ったのだ。
あれは思い違いなんじゃないか、って。
思い違いである。
できれば、そうは思いたくはないが。
人間の視線は常に一点を見つめているというわけではない。
歩く時も人と話す時も、
あらゆるものに瞬間瞬間で視線を移ろわせている。
それに教室の中だと、視線を向ける対象となるものも限られてくる。
そういう状況だと、1日のなかで視線が幾度か重なる
なんていうことは、結構よくあることなのである。
僕はその偶然に必然、いや、運命を感じてしまったのだった。

 

ここまで書いて、あることに気付いた。
本の内容をほとんど話していない…。
というわけで、まだプロローグの話を終えたばかりなのだが、
この本についてはもう書くのを諦めることにする。
実際に本書を読むか、松岡正剛の千夜千冊を読んでください。
僕は、無責任だとか言われても
気にしないようにする性格なのである(昔から)。

 
 

たまたま−日常に潜む「偶然」を科学する(レナード・ムロディナウ)


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