2種のメタ構造がもたらす緊張と緩和と緊張

劇を観に行った。『日付変更線』という公演で、全部で60本ほどの短編作品を、1公演10本程度ずつオムニバス形式で上演していく、というスタイルだった。
だから、日によって上演される作品も出演する役者も異なるらしい。なんてメンドーなことを!と感心というか尊敬というか身体に気を付けてという想いを抱くほどの、まあそんな感じの「クレイジー」な企画なのです。3週間くらいの期間上演しているらしい。
ウチ(チョコ泥棒)の公演は基本2日間で、それだけでも集客に四苦八苦しているというのに、そんな長期間ロングランできるなんて、ジェラシーを禁じ得ない。

会場の『わが街の小劇場』は、那覇のどこか(地名はわかりません)にある、観客が40名ほど入ればいっぱいになるような小さなハコだ。小さいハコは必然的に、舞台と客席、つまり役者と観客の距離が近くなる。
僕らチョコ泥棒が普段使っている『パライソ』というバーも、バーとしてはとても広々とした店内だが、劇場としては小さい(劇場ではないのだから当たり前だが)。
でも『わが街』はそれ以上に小さい。しかも、すぐ近くは那覇の繁華街であり、かつ住宅街のど真ん中にあるので、「生活感」というか「生活臭」というか、そういう類のものが劇場空間内にプンプンしている。時折かすかにだけど、外を通るバイクの音とか聞こえてくるし。

でもその空間としての小ささ、近さ、生活臭、というものは、必ずしもマイナス要素となるわけではない。それらはある種の「効果」として、劇作・演出のアイデアの一部として利用することもできる。
この『日付変更線』も、『わが街』のロケーションを活かした魅力的な空間形成がなされていたと思う。
たとえば、このオムニバス作品の多くがコント作品であった、ということである。それは1公演10本という事情から、それぞれの短編作品には練りこんだストーリーよりもインパクトのある展開というのが優先的に要請された、ということかもしれないが、でもそれが良かったと思う。
なぜなら、コントは「メタ構造」への耐用強度が高いから。

ふつう演劇では、「役者」は「役」を演じる。「役」として舞台に立っている。そのときの役者はあくまでも「役」としてふるまっており、「役者」自身としての存在は隠蔽される/しようとする。そうしないと、物語を駆動していくことにブレーキがかかってしまうからだ。
でもコントでは(お笑い芸人のそれを思い浮かべて欲しい)、けっこうカジュアルな形で「役」よりも「役者(芸人)」が前に出てきたりする。演じている「役」の奥に「役者(芸人)」がいることを自明のこととして、観客はその世界に没頭することができる。
今回の上演作品群でも、その「メタ構造」が多用されていた。はじめは「役」として舞台に立っていた人たち同士が、この人は「役者」である、と暴露することによって、「役者」同士の関係が現前に表われてくる。
その関係性の暴露じたいが笑いを引き起こしているのだが、それによって副次的に発生するのは、観客の巻き込みだ。つまり、「あなたたちのことも見えてますよ」と観客に訴えかけることによって、無理やり劇世界に引きずりこむことができるのである。

これは、舞台と客席、役者と観客の物理的な距離が近いほうがその効果があがる。
舞台と客席の距離を取ること、高さを変えること、それらは舞台空間と客席とが「隔たれたもの」であることを示唆するためになされる。舞台上の世界は別の世界ですよ、という宣言によって、観客は安心して座席にもたれることができる。
でも、その距離や高さが取り除かれた空間では、そうはいかない。だって実際に、手を伸ばせば触れられてしまうのだから。それは空間内部に微妙なサスペンスを生じさせる。それによって弛緩しようとする観客の背筋は伸ばされ、劇世界を間主観的なものとしてともに想像(捏造)することができる。

とまあ、ワーワー言うとりますが、一言でいうと、楽しめた、ということですわ(雑や!)。
なかでも、今回の公演のトリとして上演された『TRUE STORIES』という作品が個人的に特に面白かった。

この話は放送作家のキャンヒロユキさんが作・演出をされていて、キャンさんにはいつもいろいろとお世話になっていまして、なんて言っても取り立ててそんなに関わり自体はないんですが、まだ学生の頃とかにいろいろお話を聞かせてもらったり台本を読ませてもらったり、そういったことをしてもらった人です。

でも実は、キャンさんの書いた劇作品を観劇するのは、よく考えたらはじめてだった。キャンさんが構成したバラエティやコントはテレビでよく観ているのだが、なぜかいままで舞台は観る機会がなかった。

面白かった。さすがキャンさん。

なのでここでは、公演全体というよりも、『TRUE STORIES』の感想を書こうかと思う。
(公演はまだ続くし、ネタバレになるかもしれないから書かないほうがいいかな、とも思ったけど、どうせこの文章を読む人なんて5名くらいしかいないだろうし、そのうち4名は身内だろうから、そのあたりは気にしないで書くことにする)。

この『TRUE STORIES』も、同じように「役」を演じている「役者」の存在が暴露されるというメタ構造(演劇的なメタ構造)を劇中で発動させる。しかもそれはたぶん役者のアドリブで、かといってそれは役者が自発的に行なっているのではなくて、台本上に「ここはアドリブ」などと記載されたような形だ(たぶん)。
「役(登場人物)」としての物語上の関係に、「役者」自身としての関係をレイヤーとして重ね合わせていて、それによって生じる、物語と現実での人物同士の関係性のねじれ構造が笑えた。役者の少し恥ずかしいプライベートが暴かれる件などは、役者も観客も全員でドキドキを共有していた。

ただ、この『TRUE STORIES』が他の9作品と違っていたのは、「演劇的なメタ構造」のほかにもう1種類の「メタ構造」(物語のメタ構造)を構築していたことだ。

具体的に説明する(出た、ネタバレ)。
設定として、小説家と女性編集者のやりとりがまずある。小説家は新しい短編を書き上げたが、それが実は女性編集者が酔っ払って語った物語を下敷きに書かれたものであった。だからちょっと2人でチョコチョコ直そうよ、というのが話の筋である。で、2人で書き直した小説世界のやりとりが、別の役者たちによって演じられる。

この2つの世界、小説家と女性編集者が書き直しをしている世界(現実世界)と、小説の登場人物たちが物語を生きている世界(小説内世界)、という層になっていて、それらを交互に見せながら劇は進んでいく。

この小説家が書いたのが、『TRUE STORIES』というミステリー小説だ(劇中では特に言及されないが、おそらくそうなっている)。小説の登場人物は新米刑事とエース刑事。それから事件の被害者(死んじゃった人)と周囲の人間たち。その人物たちのやりとりが、アドリブ、一発ギャグ、歌ネタ、暴露ネタ、などが詰め込まれ、腹から笑えるコント作品として成立している。
その人物たちを動かしながら、小説家と女性編集者があーでもないこーでもないとやっていくわけである。これだけでも優れたコメディとして仕上がっていると思った。でも、話はここで終わらない(要は大オチがある)。

でも、大オチを言うと「お前は、、、」なんてなりそうな気もするので核心は言いませんが、でも言ってしまいたいというこの気持ちはどうしたらいいのだろうと引き裂かれてしまいそうなので、ちょっとだけ言います。

さきほど、この劇は、「現実世界」と「小説内世界」の層になっている、と書いた。そしてそれは「現実世界」のやりとりが「小説内世界」の行方を決定している、という構造である。

でも実は、この「現実世界」での小説家と女性編集者のやりとりというのは、「小説内世界」で登場人物が読んでいたミステリー小説の物語内部の出来事だったのである。つまり、ずっと物語の外部に存在すると思われていた「現実世界」こそ、物語の内部(内部の内部)に押し込められたものだったのである。
ここで一気に逆転が起こる。すべてを客観的に「見ていた/コントロールしていた」はずの存在は、実は「見られていた/コントロールされていた」受動的な存在だった。外側の層(現実世界)と内側の層(小説内世界)という構造が、劇的にひっくり返される。

この強烈なインパクトとともに、劇は幕となる。でもこのインパクトは、単に劇作品の内部のみで働くのではない。現実(わたしたちが生きているこの世界、という意味での現実)にもフィードバックされる。

この作品がわたしたちに突きつけるのは、わたしたちは客観的に何かを「見ている/考えている/コントロールしている」という無批判な人間中心主義が、実ははじめから何かの構造の内部に、あるいは別の物語の内部に絡め取られている、という違った(もうひとつの)現実である。あるいは、違った現実の捉え方である。「いま見ている現実が、ほんとうに現実なのだろうか?」というラディカルな問いを、この作品は私たちの前に提出したのである。

この作品が、今回の公演においてトリとして上演されたことには、決定的な意味がある。それは「この世界をどう見る?」という困難な問題を観客に突きつけたままで劇場の外に放り出す、ということだ。ガハガハ笑って、あー楽しかった、って言いながら帰ろうとする観客を、最後にギョッとさせるような、ある意味イジワルでもある。

この公演を最後まで見てしまったわたしたちは、その問題に向き合わざるを得なくなった。いちいち考えなくてはならなくなってしまった。いったいなにが『TRUE STORY』なのか、と。

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